入島
娘の美枝は月曜の見送りにまで来てくれた。土曜に家族を連れて遊びにきたときに断ったのに、どうしてもと強く言われたので、来るのを許したのだった。大げさな退園式もあっという間に終わり、次の園に向かった。
新幹線で熱海についたら、そこからは船だった。いつの年になってもなれない船に酔いかけながらも、目的地にはすぐについた。
ついた港には、多くの出迎えがいた。どうやら、年齢層が高めなのを見ると、ほとんどが桃源園の住民らしい。中にはスーツ姿の人たちもいる。きっと、政府の人だろう。
聞いていた通り、島の中は賑やかだった。島全体が園だと聞いていたが、島自体はもはや老人ホームの体をなしていない。この島で一つの町が完結しているようだった。お店はチェーン店などではなく、すべて自営業。また、一人一人の部屋は部屋付きのシェアハウスのように数人ごとに家を分けていた。毎日一つの家で暮らすため、まるでそこが本当の家のようだった。
島を案内してくれたのは、以前同じ園で暮らしていた小山仁だった。小山とは以前同じ職種だったこともあり、同じ園の知り合い以上に仲良くしていた。小山は健を町の市場に連れて行った。まさに市場という言葉にふさわしいような賑わいだった。
「よう、仁。今日の魚はいいのが多いぞ!」
威勢のいい掛け声をかけてくれた年寄りは三浦さんと呼ばれている。この人を、名前で呼ぶ人はほとんどいなかった。
仁は飲み会の誘いを丁寧に断り、健のために案内を続けてくれた。
それにしても、この島は年寄りばかりだ。島を一周してから思った。
夕日の沈む水平線は美しかった。
島の浜辺はどこも美しく、若者たちが観光で来てもおかしくない程である。にもかかわらず、若者は一人としてこの街にはいなかった。
老人だけがにぎやかに暮らしている。健は今、まさに現実の世界を抜け出してきた陶淵明のように、すがすがしい気持ちでいた。
もう自分は、自由なのだ。若い者たちに気を使って生きる必要はない。
ここは夢の国、理想郷。そう宣伝していたポスターを思い出した。
友達が日に日に園を後にしていったころ、健はこの言葉をどうしても現実とは切り離して考えていた。すでにこの暮らし自体が十分幸せで、もしこれ以上のことがあるならそれは死んだ後に行くところだと。
しかしその認識は間違っていたことが判明した。この島では、すべてが自分たちの自由に決められる。まさに一つの町を一から作り上げるようだと、島の人々は言った。また、だんだんと少なくなっていく同じ年代の人が多いこともあり、安心して暮らしていられることも、その理由の一つだろう。健の感じた気持ちの良さも、似たものなのかもしれない。
最後に小山はこれから暮らす部屋へと送ってくれた。どうやら、他の部屋よりも少し小さい気がする。聞いてみると、園内の稼ぎに応じた生活ができるように設定されているらしい。来たばかりの人の中には、狭い部屋や、環境の悪い場所などが割り当てられる。ちなみに、小山は、もう一軒家まで手に入れたといっていた。
「もし遊びに来たければ、連絡くれればいつでもきていいぞ。」
健は小山に感謝をしてから、この家の住民たちと挨拶をした。
この家では朝のスピーチはなかったが、不得意な料理は当番制だった。